青山でイタリア語を教えるkumippe

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マーク・ジラルデリ その4
数々のトップアスリート達に出会ってきました。

みんなに共通している事は彼らには独自の「哲学」が
あるということです。

マーク・ジラルデリの場合は顕著でした。
彼は移動中は本を読み、語学の勉強をし、
彼独自の世界=哲学を持っていました。
間違いなければ5ヶ国語はゆうに話せたと。

彼の練習はシビアなものでした。

普段朝3時には起きて、お父さん(コーチ)と二人で
ポールを立て、練習を開始。
なぜならゲレンデが硬くないと練習にならないからです。
そのため午後からは練習になりません。
夕食は夕方5時には終えて、就寝9時。
その生活を毎日続けていました。
そして北半球が夏の時は、南半球の南米に飛んで
練習をしていました。
山の頂上に上がるため、自分でヘリコプターの免許まで
取った努力家。
スキーのために全人生をかけた男です。
そこまでしなければ世界トップに立てない。
そう私は思います。
彼は幾多の怪我に悩まされてきました。
しかしそれを克服して前代未踏の332試合に出場(1993年時点)
5つのクリスタルのW-CUPを手にしました。

彼の太股を見たときビックリしました。
私のウエストと同じくらいの太さ。
下半身がしっかりしていないとバランスを崩します。
午後、ゲレンデの練習が出来ない時にはウエイトトレーニング。
彼の人生の中で遊ぶ時間、テレビを見る時間など
皆無だと話していて思いました。

私が彼に対してどうしてこれほどまで
関心を持って、最後は彼のインタビューまで
取ってきて、出版社に持ち込んだか?

それは彼の「器の大きさ」でした。
少しの事でまったく動じない、誰に対しても
いつもスタンスを変えなかった。
黙々と練習に取り組んでいました。
そのストイックさに感動しました。
口数はかなり他の選手に比べて少なかった。
しかし、彼の発する言葉には「深み」がありました。
淡々とクールに語るマークですが、彼なりの哲学が
あり、  「孤高の戦士」 と呼ぶにふさわしい偉大なる
選手でした。


(続く)


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わざわざ私のために達筆なサインをいただきました

マーク・ジラルデリ その3
まず、日本ではあまりというかほとんど人気のない
「アルペンスキー」について簡単に説明します。

イタリアとかヨーロッパでは「アルペンスキー」の
人気はF1とかサッカーに匹敵するほどです。
「アルペンスキー」専属のジャーナリストも数多く
います。

アルベルト・トンバ全盛期の時は熱狂的ファンが世界中に
散らばっていました。
彼が登場する時には「トンバ・ラ・ボンバ!」と掛け声をかけたり、
ベニスのカーニバルのような衣装に身を包んで、寒い雪の中、
応援をします。

「サポーターの10の条件」というのを発見しました。

1.3度のメシより、レースが好きダ
2.たとえ海を渡っても、応援に駆けつける
3.応援のためなら、どんな恥ずかしいカッコも平気
4.やたら、声がデッカイ
5.零下25度の寒さの中でも、じっと我慢できる
6.他人がおののくほど、心底バカになれる
7.応援のためなら、ポリスも怖くない
8.惨敗でも、明るくねぎらいの言葉をかけれる
9.ファン層の拡張のため、布教活動も辞さない
10.みだりに、ひいきの選手を乗り換えたりしない


話はちょっと横にそれるのですが、私がイタリアに住んでいた頃、
3度のメシよりサッカーでした。
サッカーに全財産をつぎ込んだ時代がありました。
もちろん私はromanistaです。
上記の5.9.を除いては私も上記のサポーターの
ようでした。

ヨーロッパのスポーツ好きのファンはかなり熱い。
F1フェラーリーのファンなど時差があっても、チケット入手できない
サポーター達は、大スクリーンの前に集合して観ます(もちろん
リアルタイムに)

サッカーなど特にダービー戦だと車が燃えたり、暴動が起こったり。
私はそんな中いつも観戦に行っていました。
女性のポリスがバックの中をチェックして、周りにはシェパード犬。
ペットボトルを持って行った時は蓋を没収されました。
グラウンドに投げ入れるファンがいるからです。

さて話は「アルペンスキー」に戻りますが、競技は5種目
(今は6種目となりました)

滑降 (Downhill)
スーパー大回転 (Super Giant Slalom, Super G)
大回転(Giant Slalom)
回転 (Slalom)
複合 (Combined)
滑降1本と回転2本の合計タイムを競う。
スーパー複合 (Super Combined)
2004-2005年シーズンのワールドカップからの新種目。滑降1本と回転1本の合計タイムを競う。
FISワールドカップでは、複合よりも主流になりつつある


迫力のあるのはダウンヒル(滑降)です。
最高時速140km〜150kmほどです。
F1の最高時速が320km。
人間が時速150km出せるなんて超人技としか言いようがありません。
ダウンヒラーには車のエンジンのような原動力が搭載されては
いません。
ダウンヒラーがいかに恐怖と戦っているか。
私は一度大会中にダウンヒルのコースの頂上に連れて行って
もらいました。
その急斜面を見た瞬間、足がすくみました。
その急斜面を滑る選手たちの集中力と精神力には
驚くばかりです。

「アルペンスキー」の勝負の世界のレースは過酷です。
例えば、ダウンヒルのレースの場合、平均時速を100kmとします。
単純計算で100分の1秒は27cm。
約4km滑った後、勝敗を決めるのがわずか27cm。
シビアな世界です。
ちなみにスラロームでは16cmほどで勝敗が決定します。

「アルペンスキー」は天候にも大きく左右されます。
吹雪いてくる、風が強くなる、雨が降る、ゲレンデの硬さ
などによって、滑る順番が好条件の選手はアドバンテージを
得ます。
しかし、やはり個々の選手の実力が一番大きな要素であることは
間違いありません。

私はマーク・ジラルデリと知り合って彼は偉大な哲学者だと
思い知らされました。

(続く)

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マーク・ジラルデリ その2
イタリア代表のアルペンスキーヤーのほとんどが、
イタリア北部の出身者でした。

当然と言えば当然ですが。

彼らたちは練習に対してみんな協力し合い
和気藹々と行なっていました。

夕食の時は冗談を言ったり、その場にはもちろん
海外メディアのジャーナリスト達もいましたが、
一緒にふざけあったり。

オンとオフの使い分けが上手く出来ていました。


さてマークに関しては、イタリアチームの選手ではないにも
関わらず、毎日「カーサ・イタリア」にやって来ていました。
コーチであるお父さんとトレーナーと
3人で。

いつもマークが来ると、自然に私は彼らたちと
談笑するようになりました。
スキーに関する話題よりも、日本の文化の話しが
主でした。
彼はいつも穏やかな微笑で冗談を言ったり、
その場がいつも和んでいました。

ゲレンデで見せる険しい表情とは違った一面を見せていました。

彼はオールラウンダーなので、全ての種目をこなさなければ
いけません。

ある試合の時、観に行ったら、即座に私を見つけてくれて、
ギャラリーの最前列に居た私を選手達が滑って降りてくる
その特等席に入れてくれました。

「なんて優しいんだろう」って思いました。

そして滑り終えたから私が去ろうとしたら、
「2回目があるからそこで待っていて」と。

アルペンスキーの知識がなかった私。
大恥をかきました。

彼の滑りは他の選手を圧倒するものでした。

ド素人の私の目から見てもそのスピードと
ずっしりした滑りに圧倒されました。

ダウンヒルは危険を伴います。
アルベルト・トンバの悪口ではありませんが、
彼は無難な2種目しか出場しません。

ダウンヒルで命を落とした選手が数知れずいる中、
彼は果敢に挑戦し続けていました。

(続く)

marcg2



マーク・ジラルデリ その1
1993年雫石で行なわれたアルペンスキー世界選手権。


政府観光局がバックアップしていた
「イタリア代表チーム」の通訳兼コーディネータを
任されました。

私の人生の中で「雪」「スキー」を初めて体験したのが
雫石でした。

東京から東北に向かう新幹線の中で「トンネルを抜けると
そこは雪だった」の言葉通り、
まさしく初めて見る雪に感動でした。

そして選手たちがいる「カーサ・イタリア」(イタリア村)へ。

当時はアルベルト・トンバに人気が殺到していました。

多くの取材陣が来ていました。
中にはフラッシュとかフォーカスとか。
「トンバのこと何でもいいので教えてください」と
色々なマスコミから名刺をいっぱいいただきました。

「カーサ・イタリア」ではイタリアからの
シェフやカメリエーリ(ボーイ)たちまで
やって来ていました。
もちろん食材も全てイタリアから空輸。
ミネラルウォーターまでイタリア産。
朝から選手達と一緒にイタリア式朝食。

そしてすぐゲレンデへと。

選手達は練習を始めます。

私は寒いのが苦手。雪を見たのが初めてだったので
犬のように大はしゃぎ。
それを見ていた選手は私のことを不思議な日本人だと
思っていたそうです。

昼食もイタリアン。

夕食もイタリアン。夕食は超豪華でした。

アルベルト・トンバだけは特別室でトンバチーム(彼の専属マネージャ
、専属トレーナー、医者など)で食事。
他の選手たちのように大食堂で食事はしませんでした。

「カーサ・イタリア」にある時、見知らぬ選手が。

イタリア人スタッフは「kumiko、あの選手凄いからサインもらいたいなら
もらっておけば」と言われました。

しかし、私にとって誰か分らない。

とにかく、「カーサ・イタリア」に来た人にはご挨拶をと
思って近づいていきました。

私「あの〜イタリア語喋れますか?」
「お名前は?」

彼「僕はイタリア語喋れますよ」
「名前? マークだけど」

私「あの〜どちらの国の?」

彼「オーストリアに住んでるけど、国籍はルクセンブルグ」

私「・・・???」(一瞬言葉につまる)

彼「あっ、僕はチームなどないので一人で練習してトンバとも
仲が良いので」

私「そうなんですね」

彼「僕の父がコーチなんだ」(隣にいて私のことをじっと見ていた)

私「練習明日観に行っていいですか?」

彼「もちろん!」

そしてイタリアチームの練習も観ながら、マークとも
友達になり練習風景を観させていただきました。

スピードが速すぎて目で追えない。

「凄い選手だ!」
(第一印象で私が口に出していった言葉)


そして毎日のようにマークは「カーサ・イタリア」に来るように
なって、私と色々な話をするようになりました。

それが無敵の王者「マーク・ジラルデリ」との最初の
出会いでした。

(続く)

*最終的に彼のインタビューを取って書いた記事がこれ↓
これも続きはまた後ほど。

marc1
「skier 1993年9月5日発行」

「皇后美智子」さま に偶然出会いました!  聖心女子大学ご訪問
午後、お散歩しているとなにやらSPとか警察車がいたるところに。

うーん、何だろうと思ってそこに立っていたSPの方に
お聞きしました。

私「何かあったのですか?」

SP「いいえ、今からここを皇后がお通りになるので」

私「何時ごろですか?」

SP「@@時です、もうすぐですよ」

私「写真撮っていいですか?」

SP「全然問題ないですよ」

そして10分後言われた時間きっちりに私の前を。
窓を開けて手を振っていただきました。
本当に上品で会釈まで。
すがすがしい気分になりました。
しかし、写真がおろそかになり・・・
撮れてません・

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SP「撮れましたか?」

私「残念ながら、ダメでした」

SP「では帰りにまたチャンスがありますから」

私「何時ごろですか?」

SP「予定では@@時です」

そして私はその辺りで買い物をしてその場所に
戻ってきました。

そしたら別のSPの方がいらっしゃいました。

私「先程写真撮れなかったのですよ...母がとても大好きで」

SP「ではここよりあの角のところが速度も落として
シャッターチャンスはありますよ」
「ほら、何人かの方がいらっしゃるでしょ、あそこです」
「あそこなら大丈夫ですよ」

私「ありがとうございます」

そしてその場所に行ってそこに居た人たちと世間話を。
そしたら時間きっちりにお通りになって。
動画で撮りましたがすこーしだけ写っていました。
また窓を開けてくださって、笑顔で会釈を。
みんなため息でした。
「お美しい」「流石は美智子妃ですよね」とか
みんなうっとりしていました。


SPの全ての方々はベテラン揃いでした。


流石は訓練を受けているSPは違うなっと
実感しました。






*夕方の富士山

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Ao 「シャネルオープン」
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すでにAoの入り口はリニューアル

ついに今日、Ao内にシャネルオープン
しました!
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お昼間は病院に行っていたので行けず・・・


流石はシャネル。
店内は本当に綺麗。
見事なほど繊細で華やか。
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店員の方も「シャネル」「シャネル」で、
みなさん、お上品。


私は昔からシャネルの発色が大好きです。
なので、メーキャップグッズはシャネルが多いです。

入り口から気合が感じられました。

お買い物が終わって帰るときも、気分が良くなるほどの
応対の良さ。
流石は「シャネル」と思い知らされた今夜でした。
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青山店はメンバーズカードが素敵です。
限定のCDもいただきました。
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今週末でもゆっくり「シャネル」に浸りたいと
思います。

ご担当者の方、とてもご親切にありがとうございました!


*パリのシャネル本店を思い出した夜でもありました。
イタリアに居た頃は2ヶ月に一度くらいの割合で、
パリに行っていました。
パリでは、ココ・シャネルの常宿リッツに宿泊していました。




草なぎさんの会見 今夜青山で9時より
今晩、Aoに行く目的で青山通りを歩いていたら、
テレビ局の中継車が。

表参道の交差点にさしかかると、ずらりと
ほとんど全ての局の中継車が!
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このビルの中で今夜9時頃会見だそうです。
このビルの一階のカフェはよく利用する
憩いの場所です。

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今夜は報道の人たちとギャラリーで
このビルの前と横は、ごったがえしていました。
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ここから少し長くなりますが:

今朝ほとんどのコメンテーターが、
「マスコミそこまで過剰に報道しなくていいじゃない」
「草なぎさんはとっても良い人なのに」
などなど。

私も草なぎさんは好感が持てる方だと思います。

でもテレビカメラ(マスコミ)は「視聴者が興味あること」
「事件があるところ」に行くものであると。

確かに上空のヘリコプターはうるさいし、刻々と
草なぎさんの状況を報道していますが、視聴者にとって
それだけ関心があるからだと。

今や草なぎさんは国民的ヒーロー。
アジアの国々でも関心度はかなり
高いです。


それよりもなによりも、私は、
鳩山大臣の彼に対しての発言に、
遺憾の念を覚えます。
翌日、ファンからの抗議のメールに
発言撤回。
「人間は人間を評価できない」と言いました。
私はそれは違うんじゃないかと。
人は、人を評価して生きているじゃないですか?
過ちを犯した人間を責めるだけの日本から、
救う日本にしてほしい。
そう政治家は行動すべきじゃないかと。


そして忘れてはいけないのが、同僚である
元外務大臣中川議員のローマでの
ワイン飲みすぎによる呂律の回らない発言。
イタリアの新聞によると、あの世界的に有名な
バチカン博物館のラオコーンの柵を
乗り越えたそうです。
美術品である「裸体」を触ろうとしたそうです。

これについてはどうなのよ?


話変わって、イタリアに住んでいた頃は、
夏のバカンスにサルデニア島とかカプリ島に行っていました。
そしてギリシャにもたびたび訪れていました。

ギリシャのミコノス島には「ヌーディストビーチ」が
あって、みんな真っ裸。
水着を着ているほうが恥ずかしいんですよ、そこでは。
日本もそういうビーチ作ればいいのに。


*今ケータイサイト「Johnny's web」のSMAPのところを
見て、草なぎさんの文字が消えてるのを見て寂しい気持ちです・・・
SMAPの歌に励まされた時期があっただけに、
心苦しい気持ちでいっぱいです。

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